『表題』の色紙絵は親と子の歌舞伎舞踊『連獅子』
      傘寿の祝いの会の原画です





 書道から言えばお家流がありますが、それは幕府の
公文書に使われ庶民の生活から生まれた文字、歌舞伎の「勘亭流」相撲の「相撲文字」寄席の「寄席文字」千社札の「千社札文字」総して江戸文字と言います。

 千社札だけが職業に関係なく個人の世界のもの、絵師、文字師、彫り師 摺り師と工程を経て和紙に仕上げる一枚の庶民芸術の札。江戸時代はお家流を少し個性的にした程度で、ちょうちん屋が兼ねる場合が多かったそうです。専門の書き手では生活ができず、副業で書の好きな人が道楽のつもりで始めたのがきっかけで注文がきて一生やるはめになった例もあり、江戸末期頃の「田キサ」「田てう」明治に入り署名を残した人は何人もおりますが、明治、大正、昭和にかけては初代二代の「高橋 藤」「太田櫛朝」が居ります。

 所属の納札会の書家としてレタリング形式で書体を創り千社札文字を確立させました。
「二代目高橋 藤」亡き後「鈴木本和」が受け継ぎました。
 
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江戸文字
      
      千社札

 江戸情緒伝承文化が存在する千社札へようこそ!

 神社やお寺の山門、柱、天井に墨で書かれた名前の札が貼ってある光景に一度は目にとどまれた事と思います。貼ってある間は「おこもり」していると言う民間信仰でした。納札と言い何時の世も祈願はあります。私利私欲でなく世の中の安泰、家内安全を願っての千社参りの札を略して千社札と言うようになったと聞きました。

 いつしか江戸っ子の趣味となり自分の札の作成「粋」と「洒落」をおりこんで交換する会までが出来現代まで続いています。