納札に半世紀 
 
 初代『本和』慶應元年3月22日(1865年)深川弥勒寺橋辺り(大江戸線森下近く)本名鈴木和吉 江戸後期(19世紀初め頃)造り酒屋、川越屋林蔵〜新八〜源次郎〜四代目の長男として誕生。安政江戸地震で蔵は焼失三代目が怪我をし家業を閉じ、その後和綴じ製本業を起こしました。
いつ頃から納札会の道に入ったかは分からないが明治21年9月20日(1888年)『大会』の札があると言うことは独身時代からで家業の和綴じ製本業に関係しての繋がりか、5歳年上の姉の情報からか定かではない。収集した札は整理し仮綴じてから一年後に本綴じ本につくる、何と言ってもお手のもんですから。収集した札の製本(納札題名集)46冊、掛け軸15本ありました。納札愛好家は 昭和9年7月11日(1934年)「納札の国」へ旅たちました。


納札題名集

 深川八名川町で年月をかけ親子で作り上げたその納札本も関東大震災で灰と化し残念無念です。八名川小学校の拡張工事の為土地の代替えで西六間掘(新大橋三丁目)に移転しその後東京大空襲に合いました。でも焼かれたのは家屋だけで疎開(市川)のお蔭で納札題名本、掛軸は今も健在です。失った時代の分は譲り受けたのがあります。

千社札文字書家

 二代目『二世本和』 和吉の長男として明治32年7月28日 (1899年)誕生。
 鈴木英治のちに堅之と改名。小学生の頃より書道を住職さんに習い、家業の使いで「櫛朝」さん宅に行き待つ間に筆の運びに興味をもち、それが文字との出会いでした。20才の時「本英」の題名札を作り多趣味で日本舞踊、生け花、旅、コレクターでもありました。幹線鉄道の旅で駅のスタンプ帖、広告マッチ等のレッテルなんでも本に仕上げて整理する几帳面な人でした。戦中、和紙も少なくなり和本から洋本の需要に変わり家業を辞めてサラリーマンに転じ77歳まで勤務しました。その傍ら趣味の納札の収集,霊場めぐり、千社札文字が生きがいで納札貼り本、朱印帖、ミニ和綴じ本などいろいろとつくり注文まで受け納期限無しで「夜なべ」をしていました。若い時から札字は自分で書いていましたが納札会の分を引き受けましたのは、「高橋 藤」さんが逝き、その数ヶ月頃からだそうで、櫛朝さんの流れをくみ自分流の書体を研究開発続けている内、各方面報道の方々(テレビ 新聞 雑誌 専門書等)から認められるようになりアドバイスして下さるお仲間もいて、『本和流』と名乗りました。弟子入り希望者、出版社から書体字典の話がありましたが何せ高齢の為期限のあるのは責任がもてないことでお断りしました。在籍中に書いた札字は字典を超えてる数でしょう。昭和54年10月(1979年)八十歳(傘寿)祝主で会触れを出し皆様のお蔭で賑々しく会ができました事感謝いたします。坂東、秩父、西国百観音巡りも納め父親を超す年月納札愛好家として、家宝級の掛軸等は愛好家の間では貴重な文化財とされ、千社札の数は何万枚か数知れず納札本に貼りこみ、納札関係資料、千社札字「本和流」を残して昭和57年10月14日(1982年)眠りにつきました。 
  
千社札の世界で遊ぶ

 子供の時から納札帖は絵本替わりに遊びました。何度見てもあきません、題名が面白くて質問すると姓、名、職業、屋号、雅号から自分を表現する名前を創り出すのが『題名』で製本業の和吉で『本和』巴連でしたから巴の紋を入れる。先輩を敬い同僚とは友情後輩には、うしろ姿を見せ情報交換社交の場が納札交換会ではなかったかと思われます。千社札に凝って身上(しんしょう)を傾けた人もいたそうで、それだけ別世界の魅力があるということです。984年「花山天皇」が納札の始祖といわれ、江戸時代「鳩谷天愚孔平」の出現で隆盛になり納札中興の祖として畏敬されています。長い歴史を経て今日まで形は変わっても変わらぬ心の形が受け継がれたのではないでしょうか。千社札を通して江戸文化にふれ無限なる夢の世界で遊びませんか。

結び 
   
 祖父が命名長子として深川西六間掘11番地で
  江戸っ子六代目誕生 
 お仲間入りしてあっと言う間の28年、息子と合わせても半世紀の数字にはなりませんが、21世紀を迎え、来た道をいろいろお披露目できる年になりました。「よもやま話」上で写真、千社札を取り込んでエピソードなど書いていき「展示室」では1981年までの「東都納札会睦」の例会で引かれた札をシリーズに整理し掲載して行きます。最後に「本和揮毫の書」を予定しています。
 三代目はインターネットの中で納札千社札に纏わること等季節ごとに更新していきます。
 四代目も継承していくことでしょう。皆様のご支援、ご厚情のほど、よろしくお願い致します。


2001年3月1日

                                        

    

             

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